投稿日 : 2020年5月18日 最終更新日時 : 2022年09月07日
【解説資料】株価下落は割安買収の好機か?
新型コロナの感染拡大を受け市場株価は大幅に下落しました。株式を取得する点でM&Aと株式投資は類似しており、M&Aの世界でも割安買収の好機になるのではとの期待も耳にします。株価下落は割安買収につながるのでしょうか? ※ニチイ学館のTOBに言及しておりましたので、当該TOB終了に伴いHPで公開致します。
1. 割安買収の好機か?
新型コロナの感染拡大を受け、2020年2月下旬以降、市場株価は大幅に下落しました。日経平均は3月中旬にかけ約30%下落しています。ネット証券では新規口座を開設する個人が急増しているとのことで、株価下落を安売り状態と捉えている個人投資家は多いようです。
株式を取得する点でM&Aと株式投資は類似しており、M&Aの世界でも割安買収の好機になるのではとの期待も耳にします。株価下落は割安買収につながるのでしょうか。
2. 割安買収にはならない
M&Aでは買い手の「安く買いたい」という期待と売り手の「高く売りたい」という期待が拮抗します。対等の状況で協議する限り、両者の期待の綱引きの結果、買収価格はその均衡点に落ち着きます。割安にも割高にもなりません。仮に買い手が割安価格に拘るならば、売り手は売却しない方が経済的に合理的です。同様に、売り手が割高価格に拘るならば、買い手は買収しない方が合理的です。これはコロナ後であっても変わりません。
割安となるケースは特殊な状況に限られます。売り手側に早期換金の必要性が有る場合(その場合でも買い手候補間の競争があれば買収価格はある程度適正化されます)や投資ファンド等が一時的に下落した株価をベースに敵対的買収を仕掛けるような場合です。なお、前者の場合においては、売り手側に早期換金のメリットが有るため買い手側だけが良い思いをする訳では有りません。
3. 買収価格は動く
割安にも割高にもならないことは、コロナ前対比で買収価格が変わらないことを意味しません。買収価格は変化します。新型コロナをきっかけに企業価値自体が変化するからです。
新型コロナにより事業リスクが高まった企業の価値は低下し、事業機会が拡大した企業の価値は増加します。結果として買い手の期待と売り手の期待の均衡点・買収価格も変化します。
例えば、事業リスクが高まった企業の買収価格は低下することが予想されます。その場合でも、買い手はその分事業リスクを背負っており、割安買収という訳では有りません。売り手からすると割安買収のように見えてしまう可能性は有ります。
4. 新型コロナ下での買収価格
新型コロナは買収価格に実際どの程度影響を与えているのでしょうか。
3月以降5月8日までに公表された主な上場会社の買収案件(TOB案件)として、右記4件を確認しました。
4件のうち3件では買収価格は昨年12月の平均株価対比で+20%~40%であり、買収価格が大幅に下がったようには見受けられません。
他方で残る1件(ニチイ学館案件)については、買収価格が昨年12月の平均株価対比で△5%となっています。コロナ前であれば成立しにくい低い買収価格である点で特徴的です。対象会社であるニチイ学館として、特別委員会設置や複数回に渡る交渉等最善を尽くしており、その結果として適正企業価値が上記との判断に至った模様です。
また、だいこう証券ビジネスにおいては以下の通り、会社本来の企業価値と乱高下する市場株価を明確に切り離して交渉している様子が伺えます。
「公開買付者と当社は、本取引の実施に向けた協議・交渉に際しては、近時の新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を契機として、2020年2月下旬以降、当社株式の市場株価が乱高下しているものの、かかる市場株価の状況には左右されない当社の適正な企業価値を評価することを前提として、協議・交渉を重ねてきました。」(だいこう証券ビジネス開示資料)
5. 新型コロナ下における株価算定方法
新型コロナ下においてどのような方法で適正な企業価値を検討しているのでしょうか。各社の株価算定方法は表3の通りです。
DCF法及び市場株価法はほぼ全ての案件で採用されていますが、類似会社比準法(類似上場会社の株式取引倍率を参照する方法)については採用しない案件が多く、特徴的です。理由は明示されていませんが、乱高下する市場株価が適正な価値を反映していない可能性、類似会社の業績予想の把握が難しいこと等が背景にあると考えられます。
類似会社比準法は類似上場会社の株式取引倍率という客観的な数字を用いるため、納得感ある合意に至る上で実務上有用な機能を果たしてきました。今後の状況も踏まえ、どのような算定手法を用いどのように協議を進めるか、検討が必要になると思われます。
6. 終わりに
新型コロナによる株価下落は割安買収に直結はしませんが、M&A機会が広がる点で好機と言えます。急激な経営環境変化は新たなM&A機会が顕在化するきっかけとなります。
現在は経営環境の急変に乗じて割安買収されるのではないかとの売り手側からの懐疑心を招きやすい状況です。適正な企業価値での取引を意識することが売り手との信頼関係構築に繋がり、結果としてM&A機会を活かす近道となります。