投稿日 : 2022年10月3日 最終更新日時 : 2022年10月17日
【解説】M&Aにおけるクロージング調整ーM&A価格の調整計算
M&Aの価格合意は一定時点(評価基準日)の評価に基づいてなされます。しかし、評価時点からM&A実行までの間も会社は常に動いているため、会社の財務状態は常時変化しています。そのため、評価時点からクロージングまでの対象会社の変化を一定の計算方式でM&A価格に反映させるということがしばしばなされます。これが「クロージング調整」と呼ばれるものです。
1.クロージングのイメージ
クロージング調整のイメージは以下の図を参照下さい。
クロージング調整はM&Aの価格調整として取引代金に反映されますが、クロージング時点で一旦代金決済が必要となることから、クロージング調整部分はクロージング後に買い手による追加支払(価値増加の場合)又は売り手による返金(価値減少の場合)の形で代金調整なされます。
また、M&A合意の際の財務数値は「売り手側」が準備し、「買い手側」がチェック(いわゆるDD)を行います。クロージング調整は真逆です。経営権が移転した後なので、クロージング時点の会社の財務数値は「買い手側」が対象会社に指示して準備し、「売り手側」がチェックします。
2.クロージング調整をすべきか・・・クロージング調整の意義
クロージング時点での財務実態に基づいてM&A金額を調整できるのであれば、全ての案件でクロージング調整をすべきようにも思われます。実際には以下の理由からクロージング調整を行わないM&A案件も多々存在し、中小案件ではクロージング調整を行わない案件も多く見られます。
1)売却価格の変動を希望しない当事者の存在
次のような売り手はM&A合意時点で売却代金を確定させることを望み、価格変動に繋がるクロージング調整は採用しないことがあります。
・売却価格(=投資リターン)を確定させたい投資ファンド
・売却額の絶対値を重視する事業承継オーナー
・稟議の前提を崩したくない大企業
・複数の株主が存在し、労力のかかる再調整を回避したい売り手企業
2)M&Aストラクチャー上の制約
M&Aに際して合併や株式交換などの組織再編ストラクチャーを用いる場合、事前に株主に交付する株式や金銭を決めた上で株主総会決議を経る必要が有ります。クロージング調整を理由に後から価格を変更することは容易では有りません。
少数株主からの一括買取(いわゆるスクイーズアウト)を行う場合も上記に該当します。
3)迅速なM&A
評価基準日からクロージング日までに間があけばあくほどにクロージング調整が議論となります。M&A合意やクロージングを迅速に行うのであれば、(手間のかかる)クロージング調整は必要ないと当事者が判断することがあります。
4)終わらせたい
クロージング調整のためには作業と手間が生じます。クロージング時点の財務数値や価格調整に疑義があれば再交渉のような事態も生じかねません。このような事態が生じた場合、つまりはM&Aがいつまで経っても終わらないことを意味します。
3.クロージング調整計算
評価基準日時点のBSとクロージング時点のBSを比較し、一定の計算ルールで代金調整額(追加支払額又は返金額)を導くのがクロージング調整計算のコンセプトです。
クロージング調整方法として以下が挙げられますが、クロージング調整はM&A価格の時点修正と言えるので、純資産法をベースに評価する場合は純資産調整、DCF法をベースに評価する場合は運転資本調整(+ネットデット調整)が整合しやすいように思われます。
(1)純資産調整
評価基準日対比で純資産が増減していれば、M&A価格を同様に増減する手法です。
比較的シンプルで分かりやすい点が特徴的です。
売り手側でクロージング前に含み益を実現させること等で純資産調整を増やすことが可能である点には留意が必要です。恣意的に操作ができないよう又は操作しても計算に反映されないようなルール設計が求められます。
(2)運転資本調整
運転資本の残高が増減していれば、M&A価格を同様に増減させる手法です。
運転資本とは一般に「売掛金+棚卸資産-買掛金」を指しますが、案件ごとに定義はカスタマイズされ、広い定義を用いることもあります。
売り手側で借り入れをして材料や製品を多数仕入れれば、運転資本を増加させることができる点に留意が必要です。
(3)ネットデット調整
ネットデット(有利子負債-現預金)が増加していれば、その分M&A価格を減少させる手法です。
売り手側で仕入を減らして在庫を少なくすることで、一時的に手許現金を増価させてネットデットを減らすことできる点には留意が必要です。
(4)運転資本+ネットデット調整
「運転資本-ネットデット」の合計額の増減に応じて、M&A価格を増減させる手法です。
運転資本調整やネットデット調整の場合に懸念される恣意的操作の余地を抑制することが可能です。DCF法の考え方と整合的ですが、やや複雑で直感的に分かりにくい面は否定できません。
4.M&A調整の留意点
クロージング調整はより適切な取引価格を目指す点で意義のある手法ですが、万能では有りません。
M&A価格が合意された後に、買い手によるクロージングBS作成⇒売り手によるクロージングBSのチェック⇒見解に差が有る場合の当事者間調整、という一連の手間が生じます。クロージング調整額の当事者間調整は価格再交渉のような側面も持つため、新たな紛争の火種となり得ます。
クロージング調整のルールは極力具体化し、誰が見ても機械的に計算できるように定義しておくことが無難です。また、紛争が生じた場合に備えて外部専門家による計算等の紛争解決方法も定めておくと安心です。
5.最後に
クロージング調整が必要とされるM&Aは相対的に多くは有りませんが、事業切り出し案件、事業譲渡案件、海外案件など筆者の経験でも事例が存在します。事業切り出しや事業譲渡案件では時点修正と併せて、想定譲渡対象と実際の譲渡対象との比較及び差額調整としての意味合いも帯びているケースも存在します。
クロージング調整は使い方次第で当事者の懸念解消やより納得感ある取引条件に向けた重要な道具となります。
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