投稿日 : 2024年2月29日 最終更新日時 : 2024年02月20日
【コラム】株式を用いた部分買収ー株式交付によるM&A
株式を用いたM&A手法として「株式交換」、「株式移転」の制度があります。組織再編制度に基づく特別な手続きのもと、円滑に100%グループ関係を築くことのできる手法として広く利用されてきました。ただし、いずれも100%買収が前提となる制度で、51%買収のような部分買収の時には活用できないという限界がありました。
この点、株式を用いた部分買収ができる制度として令和3年に株式交付制度が生まれました。既に活用事例が複数出ています。特に部分買収や現金対価を交えた株式買収を検討する際に検討俎上にあがる手法です。
1.株式交付を用いたM&Aとは
「株式交付」制度は、新たなM&A手法として令和3年より開始された制度です。
これまでも株式を用いたM&A手法として「株式交換制度」などがありましたが、100%買収が大前提となる点、税制上の理由などから対価として株式以外のものを使いにくいなどの制約がありました。
株式交付を活用することで100%買収以外の買収や「株式」だけではなく「株式+現金」(現金を交えた買収)が可能となりました。
なお、本稿で出てくる株式交付制度とは全く別の制度ですが、役員に対するインセンティブとして自社株式を付与する制度も株式交付制度と呼ばれます。いずれも株式を渡すことから株式交付という同じ名称がついています。制度としては全くの別物です。
2.株式交付を活用することによって変わるもの
(1)株式を用いた部分買収
100%買収でなくても会社法上の組織再編制度を用いた買収が可能となります。但し、過半数の株式取得が前提となるため、子会社化が大前提となります。また、子会社株式の追加取得は対象外です。
株式交換はグループ内での組織再編にも用いられることがありますが、株式交付は子会社化が前提となるためM&A手法です。
(2)現金対価の活用
買収対価として自社株式だけではなく現金を交えることが可能となります。株式交換の場合は現金を交える場合、買収対象会社にける時価評価課税や株主における譲渡益課税発生(お金を得ていないのに税支出発生)が課題となりますが、株式交付は一定の要件を満たすことで上記課題を回避可能です。
(3)買収対象の少数株主との利害対立の回避
株式交換などは100%買収を前提とするため、買収対象の株主総会での特別決議等の買収対象の全株主を対象とした手続きが必要でした。また、多数決原理に基づいて買収対象の既存株主が保有する株式を強制的に取り上げる面があるため、反対株主の株式買取請求やその際の買取価格の値決め等、少数株主保護のために一定の少数株主と対立が避けられない可能性もありました。
株式交付の場合は同意しない株主は交付に応じなければよいため、反対株主及び買い手の双方にとって必要のない対立は避けることができます。
3.株式交付の活用によっても変わらないもの
(1)買収条件の合理性検討
どのようなM&A手法を採用するとしても、買収価格や買収条件は買い手にとって合理的なものである必要があります。株式交付を用いたから検討を省略できるという訳ではなく、十分な検討が必要な点は通常のM&Aと変わりありません。
(2)売り手の同意取得
買い手が株式交付の採用を希望するとしても、売り手にとって買い手の株式が魅力ある対価として映るかは別問題です。売り手が納得しなければ話は進みません。
(3)売り手における換金ニーズ
株式交換や株式交付によって新株式を得た株主はどこかでの株式売却・換金を考えます。株式交換の場合は多数の少数株主が場で売却することによる売り圧力(フローバック)が論点になります。株式交付の場合の同様です。特に買収対象の支配株主や経営陣など、重要な株主との間では一定期間売却をしない約束(ロックアップ)をすることも視野に入ります。
(4)株式のインセンティブ機能
買収対象の経営陣(創業者株主)などに買い手の株式を渡すことで、買い手の経営に協力する経済的インセンティブを生み出すことが可能となります。この点は株式対価を用いた買収における共通の機能です。
4.株式交付の事例
上場会社による主な活用事例は以下の通りです。
金銭を交えた買収は約半数で、それ以外は株式を用いた(100%未満の)部分買収手法として活用していると目されます。また、対象会社の多くはベンチャー企業と見受けられます。
5.まとめ
株式交付は開始されて間もない制度ですが、徐々に活用事例も増えています。株式交換とは異なり強制的な要素はない点に留意は必要ですが、当事者の多様なニーズに応じ、より柔軟なM&Aを可能とする制度です。
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