投稿日 : 2024年8月31日 最終更新日時 : 2024年09月03日
【コラム】アーンアウトM&A-条件付きでの追加支払い
一般にM&Aでは固定金額で合意がなされますが、一定の条件を満たした場合に追加支払いがなされるケースもあります(アーンアウト)。アーンアウトにはいくつかパターンが存在します。また、万能ではないため、導入に際しては慎重な検討が望まれます。
1.アーンアウトとは
M&A後の一定期間に一定条件を満たした場合に、買い手が追加支払いをするM&A条件です。追加支払いの条件に用いられる期間や指標(利益や売上高)、追加支払額はケースバイケースです。アーンアウトには以下のようなパターンが見られます。
■ 企業価値連動型・アーンアウト
将来の対象会社の業績で企業価値を見直すタイプのアーンアウトです。M&A後の会社の業績を確認の上、支払額の根拠となる企業価値を調整するものです。
事例1:PKSHA Technologyによるアイドラの買収(2019年6月プレスリリース。カッコ内は引用)
買い手であるPKSHAは一括取得価格に加え、「2020年9月および2021年9月に終了する当社グループ事業年度に関わるアイドラ社のEBITDAが一定の金額を超えた場合、その超過額に応じて0~2,266百万円の範囲内」でアーンアウト対価を支払う合意をしました。
⇒企業価値連動型か否かは明記されていませんが、対象会社の直近の連結営業利益が225百万円であることを踏まえると、EBITDAが一定の金額を超えた場合にその超過額の何倍かを支払うような計算と推察されます。
■ プロフィットシェア型・アーンアウト
将来の対象会社の利益の一部を売り手に還元するタイプのアーンアウトです。企業価値を見直すのではなく、M&A後の一定期間に稼いだ利益の一部を売り手とシェアするためプロフィットシェアの発想です。
事例2:マネックスによる仮想通貨企業コインチェックの買収(2018年4月プレスリリース。カッコ内は引用)
買い手であるマネックスは取得価格3,600百万円に加え、「今後3事業年度の当期純利益の合計額の二分の一を上限とし、一定の事業上のリスクを控除して算出される金額」を追加的に支払うこととしました。
⇒追加支払額の具体的な計算方法は不明ですが、当期利益のゼロ~50%の範囲内で追加支払をする格好となるため、どちらかというとプロフィットシェアの発想です。
■ ロスシェア型(逆アーンアウト)
将来の対象会社の損失の一部を売り手に戻すタイプの契約です。アーンアウトの逆バージョンで、ロスシェアの発想です。
事例3:新生銀行によるGE消費者金融事業の買収(2008年9月プレスリリース。カッコ内は引用)
新生銀行は対象事業の「グレーゾーン損失が2,039億円を超えた場合の手当てとして、GEによる損失補償が付与されている」状態で買収しました。
⇒買い手はM&A後に生じた損失を売り手に負担してもらいます。売り手は一方的に損をしていると言う訳でもなく、ロスシェアを行う事でより良い買い手やより良い価格での取引ができる面もあります。1990年代後半に日本政府が長銀を外資のリップルウッドに売却した際、瑕疵担保事項(大幅損失が生じた融資債権の政府による買い戻し条件)が話題になりましたが、一種のロスシェア条項です。
2.アーンアウトは万能か?
万能ではありません。
アーンアウトはM&A価格の決定を一部先延ばしした状態と理解するのが実態に近いでしょう。できればアーンアウトを避けたいのは売り・買いの立場を問わず共通です。加えてアーンアウト独自の難しさが存在します。
1)ルール設定の難しさ
M&A後は関係者が入れ変わることも多くあるため、誰が見ても同じ理解ができるよう、ルールは客観的に明確にし、契約書で言語化しておく必要があります。
ルールが曖昧だと解釈の余地が生まれ後日の争いのもとです。例えばEBITDAを基準とする場合、EBITDAに入れるもの入れないものはできる限りで明確にしておく必要があります。
他方で、ルールが細かすぎると柔軟性を失います。例えば勘定科目ベースで一つ一つ定めると勘定科目が増減したり、システム変更した場合にルールが機能不全に陥る可能性があります。
2)M&A後の経営に与える影響
売り手から見ると、M&A後の会社の業績は買い手次第です。アーンアウト実現の可能性は買い手次第とも言え、買い手側の経営方針を十分に理解した上での判断が必要です。
買い手から見ると、アーンアウトの存在がM&A後の経営の縛りとならないかの再確認が必要です。M&A後は業務改革やグループ内再編などを通したM&Aシナジー実現を目指すことがありますが、アーンアウト条件に影響を与えるような業務改革やグループ内再編は行いにくくなります。
3)条件成就のモニタリング
条件成就のモニタリングの物理的・精神的な負担が発生します。
例えば10年後のアーンアウトを設定した場合、10年間はM&A取引額が決まらず、M&Aも終わりません。また、売り手は、買い手が資金難や感情論を理由に支払いを拒絶しないか、債権回収的な観点からもリスクを負います。
4)M&A対価か?賞与か?
オーナー企業が売り手の場合、追加支払額の支払先はオーナーです。オーナーが当面会社に残る場合、追加支払額が企業譲渡対価(キャピタルゲイン)なのか、経営者に対するインセンティブ(賞与)なのか、お金に色がないため分かりにくい状態が生まれます。
オーナー側ではキャピタルゲインと賞与で税率が異なるため、後日の混乱を回避するためには事前の税務上の整理も必要です。
3.まとめ
アーンアウトは当事者間の意見相違を解消する手段として有用な方法です。特に当事者間のリスクに対する感度や将来に対する見通しが異なる場合、アーンアウトという方法を加えることで合意点を生み出すことがあります。
有用な方法ですが万能ではないため、実務上はできる限りアーンアウトに頼らない合意を目指すのが基本線です。どうしても難しい場合は最終手段的な意味合いでアーンアウトを検討することがあります。その際は、見解相違の根本的な原因を把握することがアーンアウトの設計上、とても重要です。
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